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葦津珍彦主張シリーズ3「近代民主主義の終末」



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葦津珍彦主張シリーズ3「近代民主主義の終末」です。
内容は西洋型の近代民主主義の問題点の提起と、現在の日本国憲法の制定までの経緯。そして明治憲法の制定までの経緯、さらに内在する思想と現在の憲法との比較が主の内容となっています。
著者自身、いまさら明治憲法の復活は不可能だが、現行憲法のままでは日本はやがて、その国体と精神を失い国そのものが崩壊の危機に瀕するだろうと予測します。現代の状態が著者が憂いた状況になっていることから見ても、著者の慧眼に感心します。
最近は鳩山社会主義政権の誕生により下火になりつつある憲法改正論争ですが現行憲法が今のままではこの国の矛盾をどうしようもできないことは一部の狂信的な左翼の人達でない限り薄々は気がついているはずです。改憲か自主憲法制定かどのような内容にするのかは多くの意見があり賛否さまざまでしょうが、憲法を考える以上は日本人が自ら制定した近代憲法たる明治憲法と向き合いその精神や制定までの経緯などを知らなければならないのではないか。
ぜいひ皆さんも明治の先人達の英知に触れてみてください。
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びっくりだぉー!!

後白河さん、私はびっくりしました!!
だって、ルパンが、ルパンがー!?
何が起こったかと肝を冷やしました!! ハァハァ……
思わず閉じちゃった、ルパン画面。
でも、なんかずっとゴソゴソしてるよ、ルパン……こ、怖い……

なんて余談はさておいて、今回は憲法のお話なんですね。また横着してしまって申し訳ないのですが、明治憲法のどのへんが現代的に見て肝の部分になるのか、後白河さんにお伺いしたいと思って。明治憲法の復活は無理だとして、その精神をどう自主憲法に生かしてゆくべきなのか、核心部分について、葦津説または後白河さんの説をぜひ二、三、お聞きしたいと思いました。明治憲法に内在する思想とは何か、ちょっと興味を惹かれますよね。「西洋の物真似ではない日本肇国の精神みたいな何か」というような視点を期待しながら。
お時間がある時にお願いしますね。もちろん、気乗りしない時やめんどくさい時はいいですからね☆

にしても、ルパンだけじゃなくて武将さんみたいな人まで出てきたよ~、怖いよー( ; _ : )

おどろきましたか?

お久しぶりです。
ルパンの登場で驚かせてしまったようですいません。実は僕も他の人のブログでウイルスかと思ってあせったのですが、面白かったのでついつい自分のブログにもつけてしまいました。
なお武将のほうですが、この武将に矢印のカーソルを持っていくと斬られてしまいしばらく操作不能になるので注意(?)してください。何度も繰り返すとぶち切れて火矢や火縄銃、水攻めなどで攻撃してきます(笑)

さてさて葦津sんの話です。
僕は帝国憲法も日本国憲法もきちんと勉強したことはないので、うまく説明できるのかよくはわかりませんがとにかく説明してみたいと思います。
葦津はまず、アメリカ憲法が一種の革命憲法であることを説明します。その憲法の立脚点はプロテスタント的な思想を元にした近代啓蒙主義的なもので、政府の力は必要悪であり何よりも尊重されるのは個人の自由と権利。また人権や個性といったものが政府や国家よりも重きを置かれているとします。現在の日本国憲法はこの思想を元に、さらにいくつかの国の憲法などを組み合わせたちぐはぐなものだというこを主張します。
次に帝国憲法の世間で言われている「プロイセン憲法をコピーしたせいで日本は専制主義的な国になった」という主張をまったくの誤りだとします。
その説明として憲法制定の影の制定者とも言える井上毅の15年の憲法草案は「国土」「天皇」「内閣」「立法権」の順で構成され、プロイセン式になっていることに注目します。国家国土を前提に国民と天皇と相対し、内閣と立法権と相対する構造になっています。この構造では政府が天皇に直結し国民代表の議会と対立する形になりますが、その後井上はこの案に修正を加え「天皇」を第一もって行きます。こうすれば、天皇は国家の前提に政府にも議会にも完全な中立性を維持することでき、プロイセン式の専制権力の構造ではなくなります。憲法は国民の価値観に裏打ちされたものでなければならず、また当時の政治問題からも民権党など納得させうるものでなければなりません。帝国憲法の仕組みを葦津はこう説明します。 
「帝国憲法は、不文憲法の発展として、万世一系の天皇の神聖なる地位を明示した。(中略)決して強圧的な権力ではなかった。有司の政府が「天皇政府」であるとの権威を利用しようとすれば、国民もまた「天皇の臣民」としての権威をもって、その権利条章をもって対抗することができた。しかしてそのバランスの上に立つ天皇は無私公正にして不偏不党たるべきものとの国民的確信があった。天皇の神聖は、祖国に対する神聖感を高めても、政府、議会、人民の間の対立的権力には利用すべからざるものとされた。」
このように何度も繰り返しの話なりますが、国家の中心に天皇を置き、その中立性と神聖性を土台に日本という国はまとまっているのではないでしょうか。
この場合、もっとも大切なのは「天皇を対立的権力に利用しない」との不文律を国民も政治家も守らなければならないという問題でしょう。葦津は議論を「忠」へと進めていきます。現代日本では忠誠を不合理で封建的、自己犠牲を強いるものとして捉えています。しかし、その裏を返せば現代人は欲望主義に身をまかせ欲望をできるだけ合理的に満足させることに主眼が置かれていることに著者は憂いています。このような社会では確かに天皇がいくら公正無私でも天皇を己の欲望のために利用しようとする輩が現れるでしょう。現に民主党の小沢などは先ほどこのような事を起こし問題なっています。
忠を前提に国家国民の中心に公正無私な天皇を据え国家と国民との連帯と緊張をバランスをとっていくことが日本の国民性にもっとも根ざした政体ではないかと僕も思います。

まだまだ語らなければならない点が多々ありますが、今日はこの辺で失礼します。
りさこさんはいつも難しい問題を僕に投げかけてきますが、そのおかげで、自分の中では漠然のした考えを人に説明するために考え直すという作業をさせてくれるのでとてもためになります。今回の問題は語り足りない点が多いので色々とご不満でしょうが、明日は朝から大ローマ展に行く予定なので許してください。
それにしても、否定は案外簡単ですが、否定の先に残った肯定できるものを説明するのは難しいものですね。

りさこさんも是非、暇なときにでもこの本を読んでみて、りさこさんの感じた日本らしい憲法のあり方などをきかせてもらえたら嬉です。

では、おやすみなさい。
プロフィール

後白河

Author:後白河
1978年愛知県生まれ。10代の頃は中学3年で登校拒否、高校中退、暴走族の構成員とドロップアウトの連続。現在は自動車部品工場に勤務。気がつくとなぜかHONZのメンバーに。趣味は読書、日本刀収集、骨董品収集、HIPHOP

成毛眞氏が運営するHONZというオススメ本紹介サイトでレビューを書いています。
http://honz.jp/



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